なんとかフロンティア *旧ゲーム廃人の開拓地

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 幸せについて考えてみた その1

<<   作成日時 : 2009/01/15 08:28   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

幸せについて考察してみて〜というご意見があったので、
色々とまたつれづれなるままに書いてみたいと思う。
たぶんすぐには自分的な結論は出ないと思うので、その1 である。

朝ごはんを食べながら思ったことは、

 幸せって、後から気づくもの

のように思えた。
幸せの渦中に居る人(変な言葉遣いだw)は、幸せを自覚しない・・・率が高いと思う。
科学的考察はまったくないのだけれどw

幸せを自覚する幸せというのは、何だか嘘臭いというか、裏に不安が迫っている気がする。
例えば僕にとって幸せとは何かを考えたら、

 夢中でゲームをしていたとき

が真っ先に思い浮かんだ。
夢中でゲームを出来るということは、とりあえず夜露を凌げる部屋があり、
とりあえず食べるものには困っていなく、将来の不安もあるにはあるが、
派遣村を開放せよと詰め寄るような逼迫した危機感はまだない。
数時間であれ世俗のあれやこれやの悩みを忘れて、好きなことを思いっきりできることは、
とりもなおさず 幸せ というに値する・・・気がする。

幸せを自覚する幸せ これもあると言えばあるような気がする。
いやぁ参ったw 言い訳になってしまうけど、僕の文章の書き方には二通りあり、
考えた結果を書く ものと 考えながら書く ものがあって この文章は後者だから、
1分前に考えたことと、180度違うことを突然言い出したりするから、ご容赦願いたいw

幸せを自覚する幸せ って アレですよ

 こんなおいしいものを食べられるなんて 私 し あ わ せ 〜〜

これw

これ幸せですよね。
腹いっぱい食べて、そのままゲームをするか寝床につくか、あるいはお風呂に入るか。
こりゃー、幸せですね!!

ということで、幸せの本質があったとしたら、
自覚してるかしてないかは結局、あまり関係ない気がする。

現在進行形にせよ、後から思ったにせよ、幸せだと本人が感じれば幸せであろう。

そもそも何が幸せかと言うと、これが分からない。
とりあえず辞書でも引いてみよう。


しあわせ ―あはせ 0 【幸せ/仕合(わ)せ/▼倖せ】
(名・形動)[文]ナリ
(1)めぐりあわせがよい・こと(さま)。幸運。幸福。
「友人の―を祈る」「―な生涯」
(2)めぐりあわせ。運命。
「我はそも、何時ぞやも言ふ如く、―も悪ければ/仮名草子・竹斎」
(3)ことの次第。始末。
「無念ながらも長らへて、さて只今の―なり/浄瑠璃・出世景清」


こううん かう― 0 【幸運/好運】
(名・形動)[文]ナリ
運がよい・こと(さま)。よいめぐりあわせ。
⇔非運
⇔不運
「―な人」「―の女神」


こうふく かう― 0 【幸福】
(名・形動)[文]ナリ
不自由や不満もなく、心が満ち足りている・こと(さま)。しあわせ。
⇔不幸
「―な人生」「子供の―を願う」
[派生] ――さ(名)


こんなプログラムは組んじゃいけないというお手本のようなループ構成になっているww
しあわせ→幸福→しあわせ→・・・エンドレスw

辞書の言うこと(もちろん言語学の教授とか誰かが考えたこと)
を鵜呑みにするのは早計と思われるが、

たぶん最後の「不自由や不満もなく、心が満ち足りている・こと(さま)。」

これが一番しっくり来る。

まずは「しあわせ」から。

(1)めぐりあわせがよい・こと(さま)。幸運。幸福。

ここを見て思ったこと。めぐりあわせ というのは、どうも「流動的なもの」を感じさせる。
流動的と言っても水や空気じゃないよ。いや、水や空気もその範疇かもしれないけどw

つまり時の流れというか、人の生きる流れというか、

常に固定化した状態 ではなくて 流動的な状態において めぐりめぐってくるものの中にこそ

幸せってある気がする。

以前から言っていたが、人間の魂というか感情というか「人間性」みたいなものって、
「人間の形」に収まっているものではなくて、その「流れの中」にあるものだと私は思っている。
携帯電話の電波はそこらじゅうを飛び交っているが、
携帯電話という端末で適切に捉えて信号を復調しなければ
それを人間が理解することはままならない。

しかし、理解できないからと言って、まったくないわけじゃない。
そこらじゅうに、人の思いは飛び交っているのである。
将来、人間と見まがう人工知能プログラムが出来たとしたら、
その人工知能が表現する感情の本質は、
ハードディスクでもCPUでもなくて、「プログラム」だということは理解できると思う。
「プログラム」要するに「仕組み」。
リアルな人間も「脳」や「心臓」のどこかに心があるわけではなく、
その「脳」や「心臓」が作り出した、人間としての「振る舞い」が
「心的なもの」を生み出して、人間を人間たらしめるのだと思う。

ただの水は形を成しえないが、流れる場所を持って、
水流が出来る。川が出来る。滝ができる。滝が渓谷を刻み石を丸くする。
水の分子の一粒一粒を捉えることは難しいが、水の流れが成した、丸くなった石を見ることは、
私たちは出来る。それを見て、水ってすごいね。と言う。
ごめん、よく分からなくなってきたw。

つまり、流れ。光も波。音も波。血液も流れ。背景放射も電波だ。
重力も「加速度」。速度ではなく、加速度。つまり物体を引き寄せ「続ける」。流動的だ。

変な科学知識を混ぜたけども、自然現象の多くは、固定化したものは存在しない。
あったとしたら、それは意図的に作り出されたコンピュータ上の空間のようなものだ。

自然界がそうだということは、その上に成り立つもののほとんどすべてもそうだろうと思う。
すると当然、幸せというのも

 ある固定化された状態を指すもの ではない

ような気がする。

と、この後色々書いたのだが、間違って消してしまったw
ので、とりあえず今日はここまでw

設定テーマ

注目テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
どうも♪さっそくリクエストに答えて頂いてありがとうございます。幸せの定義そのものが一人ひとり違うだろうし、みんなが幸せになりたくて生活してるのかどうかも疑問だったりします。
よく聞く話で、「今のような快適な生活水準を落とせますか?」みたいなことを政治家とかが言ったりしますが、ぼくはむしろ3丁目の夕日のような昭和30年代のほうが住みやすいと思っています。周りの友達とかに聞いても誰も賛同しません。そりゃぼくの思うような国にはなりませんよねぇ。
ぼくは幸せになりたいのかな。あなたは幸せになりたいですか?

また機会があれば考えてみてください♪
ふちゅん
2009/01/15 13:33
どもども。三丁目の夕日。いい話ですよね。
物がなくても、夢があるというか。
例えば寒くても、寒いよねぇ、うん、寒い寒い!と言って
暖めあえるというのかなぁ。
エアコン買えば?でバッサリと切ってしまう現代とは、
圧倒的に違う何かがありますね。
僕も最近思うんです。世界を救うためにはアレしなきゃいけないコレしなきゃいけない。
違うんじゃないかと。
そんなもん。お金も地位も名誉もなくたって、
一人で勝手にゴミを拾い歩けば、それが世界を救う一歩にも思えるのです。
幸せってなんだろうね。まだよくわかりません。
セピィ
2009/01/15 15:04

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

簡易検索

Google


WWW を検索
このブログ を検索

書いてる人

セピィ

廃ゲーマーなネット起業家

ネトゲ解禁しましたw

私の別の側面

シリーズもの

お気に入り・相互リンク

相互リンクはこっそり募集中
幸せについて考えてみた その1 なんとかフロンティア *旧ゲーム廃人の開拓地/BIGLOBEウェブリブログ